杉山朗子先生追悼に寄せて
JLT4期生 本間 咲耶
尽きることのない悲しみの言葉は私自身の胸の中にしまい、杉山先生と過ごすことができた素晴らしい日々を思い起こし、綴ってみたいと思います。
杉山先生の授業を初めて受講したのは、AIUの学部生として、日本語教授法の授業を履修した時でした。日本語教育に興味を持っていたものの何の知識もなかった私にとって、杉山先生の丁寧かつ親切なご指導を受けられたことは、日本語教育の道を歩む上での非常に重要な一歩になったと思います。
大学院では、他の先生方と同様、授業はもちろんのこと、授業以外でも実に様々な場面でお世話になりました。お話する機会も自然と増え、先生方と院生が大きな家族になったかのような、居心地の良さがありました。杉山先生は常にその中心にいらっしゃって、正にお名前の通りの朗らかな笑顔と笑い声で、私たち院生を見守ってくださっていました。授業、学内実習、冬季プログラム、海外実習及びARP指導と、ひとつひとつの思い出に杉山先生がいらっしゃって、エピソードは尽きません。冬季プログラムの雪だるま作りでは、想像以上の積雪に、プログラム参加者だけではなく、院生や先生方も童心に帰って楽しんでいたように思います。他の先生方と一緒に冗談をおっしゃったり、雪山の上でポーズをとったりする杉山先生のご様子が本当におかしくて、大笑いしながら、私も寒さを忘れて写真を撮り続けました。このように、私の思い出の中の杉山先生は、常に笑っていらっしゃいます。今でも笑い声が聞こえてくるのです。
授業での杉山先生は、まず私たち院生に挑戦する機会を与えてくださいました。そして、優しく受け止めてくださるだけではなく、その中で冷静に切り込み、私たちの死角を示してくださいます。授業後も、頭の中で後を引くような感覚がありました。私の理想の教師像は、杉山先生に多分に影響を受けたと実感しています。また、様々な機会において、杉山先生に進路やキャリアのご相談に乗っていただきました。大学院卒業後も様々に気にかけてくださり、私の仕事が決まった時に喜んでくださったことが、本当に嬉しかったですし、励みにもなりました。
私自身日本語教師としてまだ発展途上であり、未知数の未来ではありますが、5年後、10年後と、杉山先生に胸を張って都度ご報告できたら、とても嬉しいことだと思っています。杉山先生への感謝の念は生涯忘れることはありません。
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