もう少しだけでもご一緒にお仕事がしたかった・・・

堀内 仁(国際教養大学日本語教育実践領域)

先生の姿がもう見られないなんて、未だに信じられません。入院されると聞いてからも絶対にまた秋田に戻ってきてくださると信じていましたから。もう少しだけでも、杉山先生の下で、ご一緒に仕事がしたかった・・・。

 AIUでの仕事の面接で初めて先生にお会いしてから約10年になりますが、その時からこんな上司の下でなら気持ちよくお仕事ができるのではと、私はAIUでの仕事を即決しました。そしてこの9年間その期待を一度も裏切られたことはありませんでした。

 私達家族が秋田に着いたその日から、一番親身になって私たちが早く定着できるよう色々サポートしてくださいましたね。特に、学期中の一番忙しい時期に、私が日本の運転免許への書き換えで困っていたところを、色々と救いの手を差し伸べてくださった御恩は忘れられません。また、私だけでなく妻や娘にも本当に良くしてくださいました。仕事には関係のない妻の話に長い時間付き合ってくださいましたし、娘には先生が子供の頃読んでいらした世界文学名作全集を全巻譲ってくださり、大変感謝しております。娘はこの全集のお話が大好きで、毎日暇さえあれば読んでいました。この全集のお陰で飛躍的に彼女の日本語が伸びたと思います。

 初めの頃、私は仕事に関することはつい何でも先生に相談させていただきましたが、「あなたの上司は私ではない」と言われながらも、親切にご助言いただきました。先生が日本語プログラムのヘッドもしていた頃、あれだけの仕事をこなしながら、部下・同僚や学生、周囲の人たちへの思いやりを忘れず、私もどれだけ救われたことか!私のような者に対しても親しみを込めて「ひとちゃん」と呼んでくださったり、性別とか年齢とか分け隔てなくいつも仲間に入れて付き合ってくださったり、等々。

 大学院(JLT)、特に教育実習クラスではいわゆる「集団指導体制(!?)」でしたので、いつも身近で先生の院生や他の関係者への対応の仕方を見聞きすることが出来、本当に勉強させていだきました。的確なご指摘やご意見の中にもいつも先生のおおらかさや明るさが滲み出ていました。先生がJLTのヘッドになり、先生の下で働けた1年数か月は本当にうれしかったです。特に、先生と左治木先生と一緒に院生の成長に関する共同研究ができたこと、その成果をシンガポールや日本の学会で一緒に発表できたことは私にとってかけがえのない経験となりました。

 杉山先生とのAIUでの思い出はずっと私の心の中に生き続けるでしょう。どうか今後もJLTをお見守りください。

Akiko Sugiyama Memorial

このHPは2018年7月25日にご逝去された故杉山朗子先生に捧げます。

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